准教授
すずき いっせい
学部生の頃、アメリカ文学作家ハーマン・メルヴィルの「バートルビー」という小説を読み、はじめは熱心に仕事をするものの、やがて何もしなくなり遂には食べることすら拒み死んでしまう書記官の主人公があまりにも不可解で、どうにか自分なりの解釈を見つけ出したいという思いが19世紀を中心としたアメリカ文学研究へ向かうきっかけとなりました。
批評という創造
米文学、アメリカン・ルネサンス、ハーマン・メルヴィル
現在進めている研究では、19世紀中頃のアメリカ文学、いわゆるロマン派の作品を対象にして、科学技術の発達が人々の宗教観に与えた影響について精査しています。当時のアメリカでは、交通網や印刷技術の発達に象徴される第二次産業革命が従来の生活様式を劇的に変化させ、ひいては建国時代のアメリカを支えたキリスト教ピューリタニズムを衰退させる一因ともなりました。現代を生きる私たちも、クローン技術や人工知能の発達に伴い、倫理的な省察を日々迫られるわけですが、様々な文化における宗教観の相違を意識することなしに、こうした課題と向き合うことは非常に困難でしょう。アメリカ文学の作家たちが技術革新と宗教的な問題をどのようにとらえ、「自己」の変容といかに向き合ったかを読み解くことで、古典文学は急速に変化する私たち自身や社会の姿を映し出す鏡ともなりえるのです。
アメリカ文学ロマン派に属する小説家の代表格といえば、ハーマン・メルヴィル、ナサニエル・ホーソーン、エドガー・アラン・ポー等が挙げられますが、彼らは科学と人間の関係について、作品内で度々描いています。メルヴィルは、予定説に基づくキリスト教カルヴィニズムの影響下で育ったがゆえ、自分は神の意志にしたがうべきか、それとも自由意志にしたがうべきかと生涯に渡って悩み続けました。神の意志と自由意志のはざまで揺れたメルヴィルの眼には、人間がロボットをつくり出すことで創造主へ近づく行為は、どのように映ったでしょうか。あるいは、ピューリタン的な原罪意識と格闘したナサニエル・ホーソーンは、クローン人間をどう描いたでしょうか。また、推理小説作家の始祖ともいわれるエドガー・アラン・ポーは、疑似科学やオカルト思想にも関心を示していましたが、そんなポーにとって、自然科学と人文科学の知にはいかなる違いがあったのでしょうか。こうした問題に取り組むため、各々の作品を精読することは勿論ですが、ときには文学史的な大きな視野で眺めてみたり、作品の外側に拡がる歴史的・文化的背景に目を向けつつ、当時における文学と社会のつながりを体系的に批評したいと考えています。
これまでは19世紀のアメリカ小説を中心に研究を進めてきましたが、今後は詩や戯曲に関する分析も進めつつ、アメリカ文学とそれを支える宗教観への理解をより深めたいと考えています。