イノベーション推進機構 産学連携・URA領域

九州工業大学の研究者 -私たちはこんな研究をしています-

工学研究院

教授

中村 和磨

なかむら かずま

所属
工学研究院
基礎科学研究系
プロフィール
1974
生まれ
2003
博士(理学)
京都大学大学院
理学研究科博士課程修了
(化学専攻)
1999
修士(理学)
京都大学大学院
理学研究科修士課程修了
(化学専攻)

いま振り返ってみても、「きっかけ」となったことや研究室を志望した動機を思い出すことは難しいです。不思議と覚えていないのです。どちらかというと、実際に研究がスタートした後の気持ちの方をより覚えています。伝えにくいのですが、自分の持てる力をセーブすることなく、ぶつける対象ができて気が楽になったことを覚えています。自身の情熱やエネルギーを、遠慮なくぶつけることのできたものが「研究」だったように思います。

より詳しい研究者情報へ

リアリティのある物理 -計算機シミュレーションによる新概念構築-

● 研究テーマ

  • 計算機シミュレーションを用いた物質科学の理論研究

● 分野

数物系科学 物理学 物性II(強相関系)

● キーワード

第一原理計算、強相関電子系、物質科学

● 実施中の研究概要

 物質の性質を、計算機を用いて研究しています。物質は、10の23乗個の粒子からなるので、それらが生み出す現象は多彩であり、とても複雑です。

 私は、これまで、「物質の低エネルギー現象を記述するための理論」に興味を持って研究を進めてきました。物性では電子が主役となるのですが、高エネルギーを持って速く運動する電子、非常にゆっくりと運動する電子、など様々です。しかしながら、実のところ、物質の性質を決めるのは、後者の「ゆっくりと運動する低エネルギー電子」達です。

 イメージとして、高エネルギーを持って速く運動している電子群とゆっくり運動している低エネルギー電子群の渾然一体となった世界を思い浮かべてください。こういう混沌世界から、高エネルギー電子群を消し去って低エネルギー電子達だけからなる新世界を作るとします。ただし、このとき、単に「消し去る」のではなく、ちゃんと「高エネルギー電子群」が旧世界に存在していたという痕跡、すなわち歴史を、新世界に埋め込んだ上で消し去る。このような特殊な消去のおかげで、最初混沌であるかのように見えた世界において物質の性質を決定していた低エネルギー電子達の「モード」が、より鮮明に浮かび上がってきます。このような見方は「繰り込み」と呼ばれていて、物理学の中心概念のひとつです。

 問題は、こういう作業が本当に可能かということです。あるいは、机上のはなしではなく、現実物質において通用しうる実践的理論を作ることが可能か、ということです。これはいうまでもなく、超難問であり、いまだに答えはありません。これまでは、自らの経験的実感に基づいて、ひとまず、先のような「消去」は可能であり、低エネルギー電子世界というものは存在しうるのだ、と考えて、この簡単化された世界の低エネルギーモードを精密に議論するという立場(モデル計算)と、他方で、いや、そういう「想像世界」をどんなに精密に考察しても、出発点が不純だから考察は無意味だ、たとえ精密さを欠いてもそういう「想像」を仮定せず、世界まるごと取り扱った方がいいと考え、非常に簡単な近似を用いるがあくまで世界全体を取り扱う立場(第一原理計算)、の二つがありました。

 私はいま、これらの対立する二つの価値観を繋げるための実践的理論の構築を目指して研究しています。すなわち、非経験的なやり方で「世界」全体から「低エネルギー世界」に縮約するための具体的方法を計算機を用いて研究しています。現実世界には、遷移金属化合物、有機化合物など、膨大な数の物質がありますが、コンピュータの卓越した計算能力を用いることで、それらの低エネルギー世界をみてみようという考えです。研究手法としては、多体グリーン関数論、というやり方を用いるのですが、これに非経験的第一原理シミュレーションを組み合わせることで、現実物質の多様性に適用できる実用性のある方法論開発を行っています。少し抽象的な話をしましたが、具体的なものについて興味のある方は、いくつかの論文を列挙致しますので、のぞいてみてください。

● 今後進めたい研究

 上では、「繰り込み」について述べましたが、先にも述べたとおり、これは膨大な数の粒子からなる世界を物理的に理解するための概念のひとつです。概念というと抽象的に思うかもしれませんが、「ニュートンの運動法則」や、「量子力学の原理」なども、そのような概念のひとつです。物理には、こうした基礎概念がいくつかあり、非常に重視されます。こうした「概念」は、つねに人類的な価値観の転換をもたらしてきたという意味で非常に重要です。たとえば、ニュートンの運動法則と万有引力の発見は、それまでの神話的世界観を完全に変えました。量子力学的世界観も、物質の根源的あり方についての見方を変え、結果として、新たなテクノロジーの創成・発展を促し、我々のライフスタイルを変えたのです。物理での概念構築はつねに人類にとってクリティカルな役割を果たすのです。

 「今後進めたい研究」とは何か、と問われると、このことを意識してしまいます。つまり、物理学者に究極的に求められているのは、新概念の創成であり、ゆえに、まだ概念が作られていない領域に進んでいかなければいけません。むろん、これは超難問ですが、現代の物理学は、つねに大きく変容しながら深化しています。たとえば、物理というと、先にも取り上げた、電子とか、単に物体とか、意思のないものを思い浮かべ、それらの成り立ちや、あるいは、それらが集まった時の運動の性質などを議論するものだと思うかもしれません。しかし、最近では、なぜ、意思のない「もの」が集まることによって意思のある「もの=生命」が生まれるのか?あるいは、人間は、自分自身で運動できる「もの」、つまり意思をもって自由に動く「もの」なわけですが、こういう自発的に運動する「もの」の集団から生まれる秩序をどう考えればよいのか?という問題まで、物理学のスコープはひろがっています。こういう問題は、ニュートンの時代や量子力学誕生のころの時代にはなかったテーマです。私は、このような「流れ」を意識しながら、研究を進めていきたいと考えています。

 先に挙げた問題は、概念の未開領野、という意味で、今日的な物理の研究テーマだと思っています。なぜ鳥や魚は群れをつくるのか、生命活動にみられるリズム現象はどうして生じるのか、こうしたものは日常生活中で見出されるありふれた疑問ですが、実はその中には、我々のライフスタイルを変えるようなクリティカルな概念が隠れているのかもしれません。九工大では、いま、学生達と共に、こうしたテーマについて議論を重ねています。まだ、具体的な成果は上がっていないのですが、必ず、自分らしいテーマを見つけてみたいと思っています。また、こうした問題を学んでいくことで、「実施中の研究概要」で述べた、これまでの私が専門としてきた「繰り込み」の問題の進展にもつながるポジティブフィートバックを得られると固く信じています。

● 特徴ある実験機器、設備

 本研究室では、計算機シミュレーションを用いた研究が特徴です。計算機室(教育研究9号棟3F)を確保し、そこに、計算機20台からなるクラスターマシンシステムを設置しています。これらはあくまでもテストレベル、つまり、計算プログラムのチェックのために使われています。実際の論文や学会発表のためのデータは、東京大学物性研究所スーパーコンピュータセンターや理化学研究所計算科学研究機構「京速コンピュータ」などの大型計算機を用いて採られます。研究室では、物理の研究指導はもちろんですが、プログラムコーディングのノウハウや計算機自体の使い方についても指導を行っています。

● 過去の共同研究、受託研究、産業界への技術移転などの実績

 共同研究者は、世界中に広がっており、とりわけ現在は、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻有田グループ、鳥取大学大学院工学研究科機械宇宙工学専攻吉本グループ、ドイツ連邦共和国ユーリッヒ研究所Blügelグループと共同研究を行っています。皆、物性理論に関するグループです。現在はスカイプ等のSNSの発達によって、国内外問わず、簡単にコミュニケーションがとれるようになりました。海外グループとの交流は、非常に重要であり、今後積極的に進めていこうと思っています。

下記は、これまでの業績についてのまとめです。

①『構造不規則系の構造及び振動物性に関する理論的研究:アモルファス Se についての考察』(学位論文:京都大学)
②『最大局在ワニエ関数及び拘束密度汎関数法の第一原理計算コード作成』
③『第一原理制限乱雑位相近似コード開発とこれを用いた物質の低エネルギー有効模型導出』
④『GW-based Downfolding 理論の構築と計算アルゴリズム及びプログラム開発』
⑤『大規模並列型第一原理GW コードを用いたプラズマロン状態の電子構造解析』

● 業績

①“GW calculation of plasmon excitations in the quasi-one-dimensional organic compound (TMTSF)2PF6”, Kazuma Nakamura, Shiro Sakai, Ryotaro Arita, Kazuhiko Kuroki, Phys. Rev. B 88, 125128-1-5 (2013).
②“Ab initio two-dimensional multiband low-energy models of EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2 and k-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2 with comparisons to single-band models”, Kazuma Nakamura, Yoshihide Yoshimoto, Masatoshi Imada, Phys. Rev. B 86, 205117-1-9 (2012).
③“Ab initio Low-Dimensional Physics Opened Up by Dimensional Downfolding: Application to LaFeAsO”, Kazuma Nakamura, Yoshihide Yoshimoto, Yoshiro Nohara, and Masatoshi Imada, Journal of the Physical Society of Japan 79, 23708-1-4 (2011).
④“Ab initio Derivation of Low-Energy Model for k-ET Type Organic Conductors”, Kazuma Nakamura, Yoshimoto Yoshimoto, Taichi Kosugi, Ryotaro Arita, and Masatoshi Imada, Journal of the Physical Society of Japan 78, 083710-1-4 (2009).
⑤“Ab initio Derivation of Low-Energy Model for Iron-Based Superconductors LaFeAsO and LaFePO”, Kazuma Nakamura, Ryotaro Arita, and Masatoshi Imada, Journal of the Physical Society of Japan 77, 093711-1-4 (2008).

● 関連リンク先

❖ 研究室ホームページ

❖ 関連動画1

https://www.youtube.com/watch?v=jQ42XZWcFcs

上記動画: 物質中の「電子のかたち」についてイメージ動画をつくってみました。「電子のかたち」を視覚化するのに、最局在ワニエ関数 [N. Marzari andD. Vanderbilt, Phys. Rev. B 56, 12847 (1997); I. Souza, N. Marzari, andD. Vanderbilt, Phys. Rev. B 65, 035109 (2001).] を用いています。本来、人間が見ることのできない小さな電子 (量子) の世界を「視覚化する」=「理解する」上で、シミュレーションは威力を発揮します。

❖ 関連動画2

上記動画: 運動する粒子集団が作る秩序形成のシミュレーション動画。T. Vicsek, A. Czirok, E. Ben-Jacob, I. Cohen, and O. Shochet, Phys. Rev. Lett. 75, 1226 (1995)にあるモデルをプログラムしてみました。このモデルは鳥や魚などが群れ形成をするときのミニマルモデルとして研究されています。